長男が昨夕発熱しました。
今朝すでにほぼ平熱まで下がってましたが、インフルエンザの可能性があったため、休日診療へ。
……インフルエンザA型の線が、うーーーーっすら出てました。
予防接種のおかげで「うーーーーっすら」なんですが、うーーーっすらでも木曜まで登園制限。
本人元気だけど隔離生活続行。がびん。
感染源はまさかの託児所の先生。
……次男、無事かなあ……。
どうも、よつばくまです。
「とことん」タイプの妹に劣等感を持っていた
私には2歳年下の妹がいます。
妹は何かにはまると、とことん突き詰めないと気が済まない性質です。
小さい頃から、「あやとりブーム」「一輪車ブーム」「折り紙ブーム」……などなど、何かの「ブーム」が起きていて、どれもこれもかなりの腕前になるほど突き詰めていました。
姉妹で習っていたピアノも、一曲に対する突き詰め度はオタクじみたところがあり、形になるまでは長いけれど、完成度は高い、というタイプでした。
一方、私は、ある程度出来るようになるまでは早いけれど、「突き詰める」ことが苦手でした。
私自身は突き詰めているつもりでも、実際には大して突き詰められていないように、妹を見ていると感じています。
さらっとこなせるようになるという意味では器用なのだけれど、完成度という点からすると、妹に劣るように感じていました。
「だから何もモノにならないんだ」とか、「根気がないんだ」とか、「本気で好きじゃないのかな」とか。
「頑張れることがすでに才能」という言葉を見聞きすると、「その才能すらないわー」と思っていました。
自意識過剰が諸悪の根源
今でも、いろんな分野で成功している人を見たりなんかすると、「とことん深くまでこだわれない自分ダメだ」みたいな思いにとらわれることはあります。
その分野が自分にとって興味関心のあるものならばなおさら。
自分の中で「とことん」やれてないと感じる原因の1つは、私は自分に才能があると思えないから、です。
そして、そのくせにそのことを面と向かって突きつけられることが怖い自意識過剰だから、です。
……こんなことを書くことで自分に向き合うことすら「いーやーだー」となっているめんどいタイプなのです。
だって、「だったら努力せえよ」って思いますもんね。
でも、「ほーらやっぱり才能ないんだー」と結果が出てしまうことが怖くて、予防線として「とことんやれてない」ということにしている…のかもしれません。
そもそも、とことんやれているのかやれていないかも、明確に判断しにくいんですが。(だって別にがんばってないわけじゃないので)
だから、誰かから、「いいと思いますよ」と褒められると、がんばっていること、その結果にお墨付きをもらえたように感じて、とんでもなく嬉しくなるんですよね。
いろんなものに興味を持って動けること、細くても長く続けられることは長所なんだ
ライター業をしていると、ジャンルに特化した人がいろんな分野にいて、特化していない(と思っている)自分ダメだなとやっぱり思うことはありまして。
資格持ってるわけじゃないし。大学だって中退ですし。
でも、私は、知識欲旺盛でいろんな雑学じみたものに足を突っ込んで、それに対して何らかしら考えなければ気が済まない人間なんですね。
で、それって、長所でもあるんじゃないの?
と、ちょこっと思うようになりました。
広く浅くかもしれないけれど、狭く深くじゃないからって、卑下するものでもないのかな、と。
あと、足を突っ込んでみたものに対して、完全に飽きてしまうことがほぼないこと。
何だかんだ「趣味レベルですが」と思えるレベルかもしれないけれど、吸収を続けていることは、まあ、いいことなのかな?と思います。
……でも、まあ、特化していることがあることに越したことはないんだろうなあ、という思いも強いんですけどね。
何かに特化して……いたらいいんだけどなあ。(結局自信がない)
とりあえず、いろんなものをインプットしながら、自分の頭で考えることは今後も続けていきます。
Have a naice day!