考える

一億総活躍社会の活躍って、経済的なものだよね

「一億総活躍社会」という言葉、どう感じますか? 私はどうにもモヤモヤしたものを感じます。
国の言う「活躍」って、どういう意味合いでの活躍なんだって思ったこと、ないでしょうか?

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活躍=生産性

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活躍という単語を、あらためて調べてみると、「めざましく活動すること」とありました。

私のイメージですが、生き生きしていて、誰かや何かの役に立っている人が、「活躍している人」だと感じます。
でも、何で「一億総活躍」という言葉にモヤモヤするのか。

それは、政治家(アベさん)の言う「活躍」は、あくまで「生産的な人間」に対するものだと感じるからです。
生産的な人間=経済を動かす人間=社会で働いている人間、ですね。

つまり、社会人として働いていないと、「活躍」と見なされないような雰囲気があるなあと感じているんです、私。

金銭を得る仕事をすることが前提?

子育ても、介護も、仕事と両立させるために、ということばかりに主眼が置かれている気がするなあと感じています。

保育園や、病児保育だって、「ほら、預けられれば働けるでしょ! 活躍できるよね!」みたいな。

私が偏屈なだけなんでしょうか……。

間違いのないように言っておきますが、ワーキングマザーに否定的な気持ちは全然持ってません。というか、一応私、朝も午後も次男を事業所内託児所に預けて働いている、バイトワーキングマザーですし。

でも、「働きたいんだ!」という気持ちを持つ女性がいることと同じくらい、「私は家事育児を目一杯やりたい! 子どもはたくさん産みたい!」という要望だって、あるはずだと思うんですよ。

というか、私自身が元々そういうタイプなんです。ほんと、よく「生まれてくる時代を間違った……」って言ってましたから。(女は子どもをたくさん産んで育てるのが仕事! っていう時代に生まれるべきだった、という意味で)

なーのーに、そういう声には、耳が傾けられていないと感じます。
まあ、どう対策したらいいんだって訊かれると、税金面もあるので「こうして下さいよ!」とは言いにくいですが、でも、

・子どもは産まない!(または1人だけでいい)じゃんじゃんバリバリ働きたい!

っていう女性と、

・社会に出なくてもいいから、いっぱい子どもを産んで育てたい!

っていう女性とが、両方生きやすい社会であれば、少子化も少しは改善するんじゃないのかなあ。

実際、幼稚園ママでも、まだ本当は子どもが欲しいけど、現実的に考えたら無理だよね……っていう人、結構いるんですもん。

本音では、私も本当はもう1人欲しいです。でも、いろいろ調べたり考えたりすると、今の世帯収入じゃあ到底無謀すぎるよなあとも思っています。

子どもの進学にだってお金がかかるし、自分たちの老後だってお金がかかる。(今の2~30代の年金ってもらえたとしても生活出来るほどじゃないだろーなーって詳しくないけど思ってしまう)

北欧みたいに、税金がっつり取られるけど、子育て老後に関してはNOマネーくらいの思い切った社会にしてくれればいいのになあって、本当に思います。今って中途半端に感じてしまうんですよね。

そもそも、もともと昔求められていた女性像に近い意識を持っている人が、子どもを育てるために必死に働き続けると、どこかで破綻がくると思います。

朝ドラの「あさが来た」で、あさちゃんがお姑さんに「欲張りすぎ。仕事に夢中になっていて、いいお母さんにまでなろうだなんて、無理」みたいな内容のことを言われてたように、ワーキングマザーは専業主婦ママのようなママでいようとがんばると、それはがんばりすぎになっちゃうんですよ。

それを求められている、そして追い求めざるを得ない状況になっているのが、今のママたちじゃないかなあ。

いやー、無理。

いくら保育園が増えたところで、待機児童がゼロになったところで、それはイコール活躍社会ではないと思うなあ。

その人が「充実してる」って思える生き方を選べるような社会が、本当の「一億総活躍」だよ

高齢者に対してだって、同じですよね。

「定年退職したあとも働きたいと思う人に再雇用を」。その対策をすることが、イコール活躍するための政策になっている気がします。

もちろん、今の還暦過ぎの人って若い人もいっぱいいるから、働きたい人に働ける道を差し伸べることはいいことだと思います。でも、そういう人こそが「活躍」イメージになってしまう気がして、それはちょっとイヤだなあと思います。

全部が、結局の所、「働くための障害になっているものをクリアにしますから、好きなだけ働いてご活躍下さい!」に繋がってる気がするんだよなあ。

Have a nice day!