どうも、よつばくま(@yotsubakuma)です。

いろいろなところで、お金に関する考え方や感じ方に触れていて、私はマイナス方面の意識に囚われているな…と感じている最近です。

今日は、「身の丈」を知って暮らすこと、についてのお話。

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お金を使うことのない私が正、使う妹が誤だった


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私の家はお小遣い制度でした。もらい始めたのは、小2のとき。

最初は毎週50円。学年ごとに少額ずつ上がっていき、中学生から月額制になりました。

お金を何に使うのかについて、あれこれ言われた記憶はありません。

ただ、妹が1度にコミックスを大人買いしたときには、母はお金の使い方に危機感を覚えたらしく、それからしばらくお小遣いのうち数百円は母が預かる…ということがあったことは覚えています。


一方、姉の私は、お金の使い方について、親から「安心だ」と言われ続けてきました。


飲食物などをちょこちょこ買っていた妹に比べ、私は極力使わなかった。

高校生頃、自分でプチプライスな衣服やカバンを買い始めた妹に対し、私はほぼ自分で買うことがなかった。

さすがに、お金を使わなかったわけではありません。マンガを買うこともあったし、映画にも行っていた。(中古だし、レディースデーだったけれど)

あとは、クラスのみんなで行った行事後の打ち上げなど、交遊費。(飲食費)


でも、その程度しか使わないから、お金は貯まりやすかったように思います。


お金が増えることに安心を憶えていた。お金が減ること=お金を使うことに、ストレスを感じていた。

けれども、そんな私は親から「お金の使い方がしっかりしている」と信頼されていたのです。




「身の丈が大事」と言われ育てられた


「身の丈」という言葉があります。

暮らしぶり、お金の使い方について、私はよく親からこの「身の丈」という言葉を聞かされてきました。

「分不相応な使い方をしていたら、破産してしまう」。おそらく、親はそのような思いでその言葉をかけていたのだと思います。


破産した人が、親の友人にいたということもあるでしょう。
父が無職であった時期があったことも、影響を及ぼしているのかもしれません。


でも、結果、この「身の丈」が、私には正しく身についていないような気がしてなりません。

自分に相応なお金の使い方が、自分のためにお金をストレスなく使うことが、どうにもできないのです。


いまだに、物価感覚が、10代の頃のまま。

そのラインより高い価格のものは、惹かれる気持ちがあっても、実際に買うという選択肢には上がってこない。

服を買うときも、まずは値札を見るし、何ならセール品を見てしまう。

外食時も、「1番食べたいもの」ではなく、「値段が手頃なものの中で1番食べたいもの」を選ぶくせが、子どもの頃から(!?)ずっとあります。

ある意味、可愛げない子供だな…。値段を見たうえで、「これ食べたい!」って言ってたんだもんな…。


あまりにも「金額」に縛られ続けていて、自分の欲求とうまく向き合えていないのです。


単純に食に執着心がないとか、衣服にこだわりがないならまだしも、私は私が「ここにだけはお金を使うよ!」という点すら、はっきりと持っていないことに気づいたのです。

それは、私が私の価値を低く見ていることになってしまうのでは…と思うのです。

お金に対する意識を変えたい


別に、「贅沢をできるようになりたい」というわけではありません。

でも、もう少し、自分のために気持ちよくお金を使えるようになりたい。自分の身の丈を、必要以上に低いものにせずに済むようになりたい。

お金が出ていくことに対して、ナーバスな自分を脱したい。

…沁みつきすぎている感覚を、どうしたら上書きできるのかは、まだまだわかってはいませんが……。

本当に自分が満たされる意味での「身の丈」暮らしを、送れるようになりたい。そう思います。



Have a nice day!