どうも、よつばくま(@yotsubakuma)です。

読みたかった本をようやく読めました。心がひりひりしているような読後感。

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小学校時代の同級生を思い出す。あの子はどんな風に感じていたのだろう。


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「こちらあみ子」著:今村夏子 ちくま文庫

あみ子は一風変わった女の子。空気を読まない発言をしたり、とんちんかん(に見える)な行動を取ったり。

それが、周りの人間をいらだたせたり、周りから引かれてしまったり…ということに繋がっていきます。

作中、あみ子について、明確に「くくる」名前は出てきません。でも、いわゆる、「発達障がい」と呼ばれる症状を持っている子なのだろうな、ということは、容易に想像できます。


小学生時代から中学卒業頃までのあみ子と、その周りの人たちとを描いている作品です。

大きく変わることのないあみ子と違い、周りの人たちはどんどん変化していく。その変化は、決して良いものばかりではありません。


あみ子だけが、そこに、すっくと立っている。そんな印象を受けました。

「一風変わった」子が、小学校時代にいた


小中学校時代の同級生に、言動が変わった男の子がいました。

突然、窓からテレビ番組のキャラクター名を叫んでみたり。あやしい動きで踊るようなそぶりを見せてみたり。

特にいじめなどはなかったけれど、積極的に関わっている子も、あまりいなかったのではないかな。特に、女子で親しく話している子はいなかったように記憶しています。


私自身、彼が他の子と同じくらいのテンションで、「普通に」話しているところを見たことはありません。

変わった子だなー…と思っていました。

そういえば、中学でも同じクラスになったことがあったのに、本当にしゃべったことがないなあ。班が同じになったことがないなど、物理的な理由も大きいとは思うのですが。(別にキライだとか、キモいだとか、そういうマイナス感情はなかったですし)


「こちらあみ子」を読んで、その子のことが浮かびました。


あみ子が、あみ子なりに、いろいろなことを考えて過ごしている姿を読んで、彼は、一体何を考えて、何を感じて、一緒の教室で過ごしていたんだろうなあ、と。

人はみんな考えている、ということを考えさせられる


今は、昔よりも「変わっている」ということが、「発達障がい」だと診断されやすくなっているのではないかな、と思います。

名前自体も、広く知られるようになっていますよね。


そのため、早い段階から過ごしやすい環境が整えられるようになっているのかもしれません。周りの子どもにも説明がしやすくなるという利点もあるのかもしれませんね。

でも、あくまでその子はその子であって、「~だから、こういう子」と一括りにはできません。何の思いこみもなく、「対個人」で付き合えていた子ども時代は、貴重なものであるのだな、と思いました。

(逆に知識がないが故に、違いがいじめに発展するケースもあるのだろうけれど)


あと、思うことが、1つ。

たとえば重度の障がいを持っている人を見て、その人が自分と同じように何かを感じ、考えているものだと思わない。そんな人もいるのではないかな、と感じています。

重度の認知症の方に対してもそう。だからこそ、人への対応だとは思えない、ひどい接し方をする人も出てくるのではないかな、と思っています。

小さい子どもでもそうかもしれない。その子が、その子の頭でしっかり考えていることを、「子どもだから」という一言で、想像してみようともしない…そんなことも、起こりえる気がします。


でも、そんなことは決してなくて。


誰でも、その人なりの感じ方、考え方で、物事を捉えているし、見つめている。


そんな当たり前のようなことを、読みながら思いました。




太宰治賞、三島由紀夫賞受賞作。

「ピクニック」、「チズさん」の2作も収録。「ピクニック」がまた良かった……。 「あひる」も読みたいです。


Have a nice day!