どうも、よつばくま(@yotsubakuma)です。

「何のために生きるのか」、考えてみたことはありますか? わたしはあります。10代の頃、母にその疑問をぶつけたこともあります。

子どもに、「人って何のために生きているの?」と尋ねられたら、あなたはどう答えますか?

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「母さんもわからない」と返された10代の頃

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10代の頃、わたしはほぼずっと病んでいました。14歳頃から10年以上、浮いたり沈んだりを繰り返しながら、「死にたい」、「消えたい」という気持ちと向き合い続けてきたのです。(理由は省きますが)


高校時代、「そろそろ進路を考えなくちゃいけないでしょう」と親に言われたとき、わたしは正直、「生きているだけで精一杯すぎて、進路なんて考えられない……」という状況でした。

第一希望が「もう生きること、やめたいです」状態だったので、当然なんですけど。

(そして、それを鬱経験者の父にぶつけたら、華麗に「それは置いといて」とスルーされたけど)

勉強に真剣に向き合えるわけもなく、悶々としていました。事情がわからない親は、そんなわたしを見て心配するやら、苛立つやら。


……そんな状況で、どうにかわかって欲しい、救ってもらえるものならば救って欲しいという気持ちから、母親に手紙を書いたのでした。


その中に、「なんでこんなに辛いのに、生きていなくちゃいけないのか、わからない。なんで人は生まれて、生きていかなくちゃいけないのか、わからない」というような内容を書いた……と記憶しています。


その手紙に対し、母が返した手紙に書かれていた言葉は、「母さんもわからないけれど、生まれた以上は命をまっとうしなくてはいけないと思っている」でした。


至極まっとうなことを言われたわけですが、当時のわたしには、この言葉は辛かった。「命をまっとうすることは義務なのか……」と「担わされた」感覚になったのですね。


とはいえ、どう答えてもらうことを、当時のわたしが期待していたのかどうかは、当時の自分でもわかってはいなかったのだけれど。


「今」のわたしが、子どもにもし問われたら、何と返すだろう



……ということを、ふと思い出しまして。


今、わたしの息子たちは、まだ幼稚園児なので、そんなことを尋ねてくることはありませんが、もしいつか、わたしのように親に問いかけるときがきたら、何と答えるだろう、と考えていました。

それは、今のわたしが、何のために生きているのだろうと考えることにつながるわけで。子どもたちに、どう生きて欲しいかという願いにもつながるわけで。


結果、今のわたしが思ったことは、「しあわせだなあと感じられるもの・ことを探して、感じるため」、「多くの人や景色、世界に出会って、楽しみを増やすため」、でした。


大人になって、「しあわせだなあ」と感じることに、より敏感になったと感じています。今のわたしは、小さなものから大きなものまで、こうした「ああ、いいなあ」、「恵まれているなあ」、「しあわせだなあ」と感じるものを見つけては喜ぶために生きている気がするなあ、と思います。


どんどん楽しいことに出会いたいし、親しくなれる人にも出会いたいし、素敵だと思える場所に行きたいし、知らない世界に触れてみたい。



……なんて、10代の頃のわたしに言ってみたところで、「そんな余裕ない。無理」と返されるかもしれないけれど。


あなたは、何のために生きていますか?


Have a nice day!