どうも、よつばくま(@yotsubakuma)です。

6月1日、国立美術館で開催されているミュシャ展に期間ギリギリで行って参りました。



……良かった……。
(放心)


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日中はかなり待ちます。10時半時点で70分待ちだった……


元々、わたしはアルフォンス・ミュシャがすきで、実家住まい時代は妹と一緒に堺市にあるミュシャ展に行ったこともあります。「王道十二宮」のポスターが、今も寝室には飾られているくらい。


今回足を運んだ目的は、もちろん、はるばる日本にやってきた「スラヴ叙事詩」を見ることでした。


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事前に公式Twitter(@mucha2017 )で日頃の混み具合をチェックしてから出向きましたが、予想通り混んでました。

70分待ち。(うぎゃあ)

どこのネズミ―ランドですか。

館内から外にまで列が伸びていましたからね。

なお、夕方になれば待ち時間は減るようですが、そうすると幼稚園のお迎えに間に合わなくなるので、待つこと覚悟で行きましたよ……。

ただ、それほど暑い日ではなかったことと、本を読みながら並んでいたので、それほど「待ったなあ」という感覚はありませんでした。

暑いときに野外は厳しいな……。


執念に近い信念を感じた「スラヴ叙事詩」


念願叶って見られた「スラヴ叙事詩」。開催直前にテレビの特集番組も見ていましたが、生の迫力に、ただただ圧倒されました……。


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(写真は撮影可能エリアで撮ったもの。右の青年は若かりし頃のミュシャがモデルだそうですよ。イケメン……)

写真撮影NGエリアの作品に、特に感情を持っていかれました。

まっすぐこちらを見据えている人物が描かれている作品がいくつかあるのですが(上の写真の作品もですね)、その視線から、目が離せない。

絵の前に立って、かなりの時間、佇んでいました。(おかげで全部見て回るのにかなりの時間をかけました。1時間半以上くらい?)

「何か」を語りかけているように見えるのですよね。そのため、その「何か」を読み取ろうとして、絵に集中してしまう。

あまりにも集中しているときは、周りの音が遠くなるような感覚になりました。

ミュシャの絵はリトグラフの作品しか知らなかったんですが、それらを見たときに感じる「アートとして好み! デザインがすき!」という感覚とは一線を画する、「ガツン」とくる重みが「スラヴ叙事詩」にはありました。

作品の大きさもですし、人物の表情、テーマ、描き込み具合から、ミュシャの作品に対する執念に近い「信念」を感じて、そこに惹かれたんだなあ。

「これを描かねばならない!」
という強い気持ちが、美術に造詣が深いわけではないわたしにも伝わってきました。


「信念」を持っている人に強く惹かれる


実在する人物でも、偉人でも、作品に登場する人物でも、「信念を持っている」人に、わたしは強く惹きつけられます。

利害とか、名誉とか、そういうものとは関係なく、「これをしなくちゃいけない」、「これがしたい」、「こうありたい」という「信念」を強く持っている人。

そういう人を知ると、「かっこいいなあ」、「素敵だなあ」、「心の底から応援したい……!」という気持ちになるのですよね。
そして、「わたしもそうありたい」とも。

今回、ミュシャ展で「スラヴ叙事詩」を見て、わたしは「命を使い切るかのように真正面から取り組めることをしたい、取り組みたい」という気持ちになりました。

わたしにとって、それは「創作」かな。作品を書いているときが、今は1番「命を燃やしている」ような感覚になるので。


……うん。「本物(生)」の絵が与える影響って、やっぱり大きいんだなあ。


見られて良かったです。また気になるものがあったら、行ってみたいな。

なお、ミュシャ展は6月5日(月)が最終日です。行きたい方はぜひ。



Have a nice day!