どうも、よつばくま(@yotsubakuma)です。

小6の頃、国語の授業でディベートを行なう機会がありました。そのときの議題に、「大人と子供、どっちの方が得か」という内容があったなあ、とふと思い出したので、ちょっと考えてみました。


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そもそも、ディベートの授業とは


ディベートの授業とは、決められた議題に対して班同士で異なる意見を主張して、最終的に傍聴している他のクラスメートたちが、どちらの意見により納得できたかを判断する、というもの。

なお、私が受けた授業では、どちらの意見に属すのか、自分の意志では決められませんでした。

なので、本当は逆の意見を持っていても、属した意見に沿った論拠を探してきて戦わなくてはいけなくて、それがおもしろくも大変だったなあと憶えています。


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最初のテーマは、物語に出てきたネコが、「いいネコ」か「悪いネコ」かを議論する、というものでした。(作品名は忘れちゃいましたが)


ただひたすら教科書を読み込んで、ディベートの材料にする。そういう単元の教わり方ははじめてで(「このときネコはどう思っていたでしょう」的なことは一切なし)、みんなすごい必死に教科書を読みまくっていたことを憶えています。

その単元が終了したあと、より幅広いテーマでディベートを行なう授業がしばらく続きました。たぶん、あれは学年でも私のクラスだけだったようです。


「死刑制度に賛成or反対」、「男女どちらの方が得か」。あともう1つ憶えている議題が「大人と子供、どちらがいいか」でした。


当時は「子供の方がいい」派が優勢だった記憶があるけれど




小6当時、このディベートの結果は「子供の方がいい」派が優勢だったのではなかったかな、と記憶しています。


「子供の方が自由だから」
「遊ぶ時間があるから」
「仕事をしなくていいから」



……っていう理由が中心だったんじゃないかな。(私はこの議題は傍聴係だった記憶があります)


子供らしいといえばらしい理由ですよね。


でも、私は今は「大人の方がいい」なあと感じています。

その理由は3つ。


「大人の方が自由だから」
「大人の方が大人・子供両方の遊びができるから」
「大人の世界の方が広いから」




大人の方が、私は圧倒的に自由だと思う。

自分で自分のことを決められるし、進むも逃げるも自分次第だから。それに、親に縛られることもない。(大人になっても親に縛られている人もいなくはないですが)

何よりも、私自身が大人になって生きやすくなったと感じています。


子供時代は、やっぱり学校など、狭い世界がすべてでした。そのため、「自分のことをわかってくれる人はいない」とか、「こういう子だと思われていて、違う自分の面を出せない」と思い悩むことがあったものです。


大人になると、性別・年齢ともに、自分が今まで関わったことがない人と出会える機会を、自ら作り出すことができます。

なかなか出会えなかった自分と価値観が近い人や、自分では考えつかないようなことを考えている人と出会え、親しくなることだってできます。

自分が行きたい方向に行けるし、知りたいものを知ることができる自由を、大人は与えられているものだと思うのですよね。


中には、大人になると選択肢が狭まるという考え方もありますが、それはそれ。その人が選びたいものや、選ぶ姿勢次第かな、と思っています。

(プロスポーツ選手など、大人になってからじゃなれないものもあることは事実ですので……)



大人の方が楽しそう! と子供に思ってもらえる人になりたい



私が子供のころに見ていた大人って、自分たち子供と比べて、楽しそうに見えなかったんですよね。

だから、「大人より子供の方がいい」、「大人にはなりたくない」と思っていたのではないかなあ。

私は私が生きてきた中で、「あれ、大人っていいじゃん。楽しいじゃん」と思えるようになりました。子供の頃も楽しかったけれど、私は今の方がとても楽しいです。


そうした姿を見ている子供が、「大人って楽しそうだなあ。早く大人になりたいなあ」と思ってくれたら嬉しいなあと感じています。




Have a nice day!