どうも、よつばくま(@yotsubakuma)です。

「男はいつまでも子ども」「夫は大きい長男」っていう言葉を耳することが、ときどきあります。これは、夫婦関係において、関係性をストップさせてしまう言葉なのではないかなあ。

対等で健全な男女関係って、何だろう。今日は、そんなお話。



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■目次
「男はみんな5歳」だという記事への違和感

男性の少年性は免罪符じゃないし、男性を見下ろせる材料じゃない

女性が男性を「育てる」ことへの拒否反応が半端ない

不満を飲み込むための上から目線は、健全な人間関係じゃない





「男はみんな5歳」だという記事への違和感




昨日、こんな記事がTwitterに流れてきて、読みました。


「男はみんな5歳児である」と思って生きれば、多くの問題は解決する


……タイトルから、内容が推測できるのではないでしょうか。

要するに、「男性は永遠の5歳。そう思って接すると、『仕方ないなあ』と受け入れられるようになれて、ストレスも減らせて、輝く女性になれるよ☆」……というような内容です。(だいぶざっくりしていますが)


……これ、どうですか。「そのとおり!」って、諸手を挙げて賛同できますか?


わたしは、「いやあ……ちょっと、良い関係性を築けるものとして、自分に導入したくはないなあ……」と思いました。




男性の少年性は免罪符じゃないし、男性を見下ろせる材料じゃない




男性には、大人になっても、どこか「少年っぽさ」があることは否定しません。



「社会」という現実で戦っていても、どこかロマンチストであったり、夢を追いたい心があったり、単純なことで喜んだり、バカみたいなことをやることが楽しかったり。


そういう部分は、多かれ少なかれ、持っている人が多いようには思います。


そういう「少年性」は、男性の良いところだと思うのです。女性として、男性のそういう部分に惹かれたり、羨ましく思ったりすることもありますしね。



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ただ、それは、決して大人の男性が、「だからしょうがないよね」と言い訳に使える免罪符ではないと思っています。


「大人らしさ」の中に、「子どもっぽさ」が垣間見られるからこそ、魅力が引き立つものではないかなあ。


だから、「男はずっと子どもなんだから、仕方ないんだって」ともし男性自身に言われたら、わたしは「仕方なくないわ!」と思うでしょう。


子どもらしさも大事にしながら、大人の人間として成長しようよ、と。大人の男の格好良さも身に着けようよと、そう思うのです。



一方、女性側が、「男は子どもだから」と考えてしまうのも、健全な人間関係として、いかがなものだろうと思います。

それは、相手の男性を、上から目線で見ていることになりますよね。

そう思い込まないと、正直やっていられない。そういう関係のカップルや夫婦もいるでしょう。


実際、わたしの夫は、わたしが妊娠出産をしたあとも、カップル時代と何も変わりませんでした。「いやいや、いつまで独身気分なんだよ」と感じていたことも事実です。


でも、少なくても、わたしは「まあ、でも男性だし、男はいつまでも子どもなんだからしょうがないよね」とは思わなかった。思えなかったし、思いたくもありませんでした。


そう女性が思ってしまうと、そこで関係性がストップしてしまうような気がしているのです。




女性が男性を「育てる」ことへの拒否反応が半端ない




似たような違和感を覚える言葉に、「女性が賢くなって、男性を手のひらで転がすことがストレスフリーの秘訣」といった言葉や、「夫を父親に育てよう」といったようなものがあります。


これも、そう女性が思うようになることで、不平不満を相手に直接ぶつけず飲み込んで、うまく関係性を続けていきましょうね、というようなことなんでしょう。


長男を産み、次男を産んでも、ちっとも「父親」になれなかった夫に、わたしは悩んでいました。「この人はなんで何も変わらないんだろう」と思い悩んでいたものです。

育児雑誌やメディアには、「男性は勝手にパパにはなれない。ママがイクメンを育てる」というような内容のものが多く出回っていました。


わたしは、この手の言葉が、苦手だった。むしろ、いやでした。



 
  • なんで、妻が夫をパパに育てなきゃいけないのか。
  • 「育てる」っていう言い方を、対等であるべき夫に使うことって、どうなんだろうか。
  • その意識が、いつしか夫を下に見てしまって、その感情が子どもに伝わることって、ないんだろうか。



……というようなことを感じていたからです。


そして、そう思うことによって、「だから自分が負担を被ることは、仕方ないことだし、当たり前のことなんだ」というような思考になることも、いやだった。


不満を直接ぶつけられていたわけではないけれど、そこのラインは、ずっと心の中にありました。

「夫は子どもなんだから、わたしが育てないと、父親にはなれないんだ」だなんて、思いたくなかったです。



不満を飲み込むための上から目線は、健全な人間関係じゃない




こうした考え方は、すべて女性が男性への不平不満を飲み込んでやり過ごすために生まれてきたものなのでしょう。

現代でこそ、男女ともにお互いを対等なものとして捉えている人が多いと思っていますが、(思いたいですが)、女性が専業主婦で、経済的に男性に対して引け目を感じていたり、男性側が「金を稼いでいる自分の方が偉い」と感じていたりするという夫婦も、昔は多く存在していたでしょう。




男性への不平不満をぶつけたら、経済的に困窮する。それは困る。生きていけない。

だからすべてを飲み込んで、でもただ飲み込むだけだと、憤りのやり場がないから、だから心の中だけでは「上から目線」になる。




そういう女性が多かったんだろうなあ。


でも、それって、その場所から、男性も女性も、先に進めない気がしませんか?

片方が上とか下とか、そういう人間関係って、健全ではないですよね。



不平不満を、感じるままに逐一相手にぶつけることが、良い人間関係・夫婦関係を築くためにベストだとは思っていません。


必要に応じて、気持ちを飲み込んだり、流したりすることを使い分けられるバランスは、どういう人間関係においても必要なことだと思っています。


でも、そのために、相手を下に見るような感覚を身につけるべきだとは、どうしても、わたしには言えないのです。






Have a nice day!