どうも、よつばくま(@yotsubakuma)です。

夫婦のあり方について、ぼんやり考えることが多い日々を過ごしています。夫婦って、究極の人間関係のひとつだと思います。だから、どんなスタイルであってもいいと思う。正解はないでしょう。

ただ、やっぱり健全な人間関係として、対等であってほしい。今日はそんなお話です。


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■目次
お金を稼ぐことは、そんなに偉いことですか?

収入を得ることは大変で責任重大

仕事に集中できる環境を整えてもらえることはありがたい

全部ひとりでやらずに済むことを、お互いありがたいとは思えない?

稼ぎがあることへの矜持と相手を下に見ることは違う

数字で判断しすぎていると、見えない「大事」を見逃してしまう

夫婦間だけじゃない。数字ですべてを判断することなんてできない



お金を稼ぐことは、そんなに偉いことですか?


夫の稼ぎが少ないことに不満を漏らす主婦、いますよね。現実問題、お金がないと暮らしていけないのは事実ですから、確かに世帯的に低収入であるならば「どうしよう」と不安になる気持ちはわかります。

毎月の生活がギリギリレベルだと、それだけでストレスになることもわかります。でも、それはあくまで「不安」であって、「不満」であってはならないのではないかな。


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たとえば、こんなケースならば不満に思ってもいいとは思います。



  • 月の生活費が足りないのに、働きに出ることを夫に断固禁止されている

  • 収入と支出のバランスを考慮してくれないお金の使い方をされる


こういうことをされるなら、「じゃあひとりで生活が回せる金額は稼いでこなきゃいけないでしょうよ」と思うのはしかたがないと思います。

ただ、そもそも、ひとりで家計を担う必要はないと思っているのです。家計が厳しければ、共働きという選択肢を考えればいいのです。(心身ともに健康な場合ですが)

そうしたことを抜きにして、あくまでひとり(たいがい夫)は大黒柱として働くべし、それ相応の収入を得てくるべし。そこが足りないなら、大黒柱(夫)としての価値が低いとか、不満に思ってもいいとか、ないがしろにしてもいいとか、そういうことにはならないでしょう。そう思っています。


収入を得ることは大変で責任重大


大前提として、収入を得ることは大変なことだと思います。どれだけその仕事が本人にとって好きなことであったり、楽しいことであったりしたとしても、それがイコール楽であるとは思いません。

また、お金が発生することですから、責任も伴いますし、「生活をしていくため」という家庭に対する責任だってあるでしょう。

そこは大前提だと思います。


仕事に集中できる環境を整えてもらえることはありがたい

ただ、だからといって、お金を稼いでくることだけが偉いわけではないと思う。たとえば、その人がお金を稼ぐこと=仕事に集中できているのは、なんで?

誰か(主婦・主夫)が、衣食住の管理をしていてくれるからではないでしょうか。そこに割かねばならない労力や時間を、代わりに担っていてくれるから、仕事をすることに注力できるのではないのかな。


わたしは、家事育児をほとんど担いながら仕事をしてきていますが、この時間が減らせれば、もっと仕事に向き合う時間や精神的余裕を割けるのに……と感じたことは多々あります。


  • 毎日ご飯が出てくる

  • トイレットペーパーやシャンプーがきちんと家にある

  • 服を脱いだら洗濯が済まされている

  • 清潔なお風呂やトイレを使える

  • 雑多なことが気づいたら終えられている


こうしたこともこなしつつ、仕事に注力しつづけることって、大変ですよね。(一人暮らしをしたことがある人ならイメージがつきますよね)


夫であろうと妻であろうと、家事や育児を担ってくれていることは、決して軽視すべきではない。そう思います。



全部ひとりでやらずに済むことを、お互いありがたいとは思えない?



共働きならば、夫婦でバランスを取り合うことが必要です。フィフティーフィフティーにせよというわけではありませんが、片方に任せきりにしてしまうと、担っている方がパンクしてしまうと思います。


また、ひとりの収入で生活していくスタイルであるならば、もうひとりが家のことを担ってくれていることを忘れてはいけないと思います。そういうスタンスでいれば、夫婦はどういうスタイルであっても対等なのではないでしょうか。


どういう形であれ、独身者と違い、全部をひとりで引き受ける必要がないことは、ありがたいことではないのかな。



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稼ぎがあることへの矜持と相手を下に見ることは違う


収入があることを誇りに思うことはいいと思います。給料が上がったことを喜ぶことは間違いではないし、高収入の自分に対して自信を持つことはおかしいことではないでしょう。


ただ、それはあくまで自分の中だけで比較し、感じることだと思います。他人と比べて、「自分の方が稼いでいる。だから自分の方が上だ」っていうのは、違うと思うのです。



数字で判断しすぎていると、見えない「大事」を見逃してしまう


「わたしはこれだけ稼いでいるから」……というように、数字に判断基準を置きすぎてしまうことは考えものではないかな。そこを基準にしていると、それ以外の部分を見逃してしまわないかな。


お金で計れないところにある本質だって多いものです。明確でわかりやすい数字ばかりを見つめていると、相手の本質を見つめる力が弱まってしまうのではないかと思います。



夫婦間だけじゃない。数字ですべてを判断することなんてできない



「俺は大黒柱だから、妻よりも偉い」
「夫よりも稼ぎが多いから、わたしの方がすごい」
「主夫や主婦はヒモ同然」




……こういう考え方や意識を見ると、悲しくなります。確かにお金がないと生活はしていけないけれど、お金だけで人の価値や上下関係が決まるわけではないと思うから。


これは何もパートナーだけではありません。友人関係においても同じことです。妻や夫に対して収入で判断をしてしまう人は、周りの人に対しても同じように見ているのではないかなと思ってしまいます。


人の価値って、そうじゃないでしょう。わかりやすい目に見えるものだけで、判断できるわけじゃないでしょう?


人間関係で、そもそもどちらが偉いかとか上か下かなんて考えること自体、不必要だと思います。会社の上司部下の関係でもあるまいし。 


自分のやっていることに、自分で誇りやプライドを持てばいいのです。それが目に見える収入であっても、目に見えにくい家事であっても。そして、それは誰かと比較するものではないし、誰かのスタイルを卑下するものでもないのです。


目に見えるお金を理由に、優劣を決めたくないです。お互いの収入を見比べて「こっちが偉い」と判断するような夫婦関係・人間関係ではなく、人間として対等でありたい。わたしは、そう思っています。



Have a nice day!